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旧耐震・管理組合機能停止・修繕積立金枯渇──三重苦マンションを建替え推進準備組合に売却し、再開発の種地として活用された事例

  • 2 日前
  • 読了時間: 10分

  「売れない」と断言されたマンションが、なぜ買い手を見つけたのか


 あなたは今、旧耐震マンションの処分に頭を抱えていないだろうか。

管理組合は機能停止し、修繕積立金は底をついている。

不動産会社に相談すれば「このマンションは扱えません」と断られる。

親族に相談すれば「なぜそんな物件を相続したのか」と責められる。


 本稿で紹介するのは、まさにその「三重苦」を抱えた所有者が、建替え推進準備組合という思いもよらない買い手に出会い、再開発の種地として売却を完了させた事例である。

この事例が示すのは、「売れない」という思い込みが、いかに多くの選択肢を閉ざしているかという事実だ。




  事例の概要──築52年、管理崩壊、積立金ゼロの現実


 舞台は首都圏某市の駅徒歩8分、築52年のRC造マンションである。

総戸数42戸、5階建てでエレベーターはない。

所有者の田中氏(仮名・60代男性)は、5年前に父親から相続した3階の2DKを持て余していた。

このマンションが抱えていた問題は深刻だった。


第一に、1971年竣工の旧耐震基準である。

第二に、管理組合は10年以上前から総会が開催されておらず、事実上の機能停止状態だった。

第三に、修繕積立金の残高はゼロ。過去の大規模修繕で使い果たし、その後の徴収も滞っていた。


 田中氏が最初に相談した大手仲介会社の回答は明確だった。

「旧耐震で管理組合が機能していないマンションは、住宅ローンがつきません。現金買いの投資家を探すしかありませんが、この状態では投資家も手を出しません」

査定額は提示されなかった。

「値段の問題ではなく、そもそも売れない」というのが担当者の見解だった。




  フレーミング効果の罠──「住宅」として見るから売れない


 田中氏が最初に陥ったのは、心理学でいう「フレーミング効果」の罠である。

フレーミング効果とは、同じ事実でも「どの枠組みで見るか」によって、判断が大きく変わる現象を指す。

田中氏は、このマンションを「住宅」として売ろうとしていた。

住宅として見れば、旧耐震は致命的だ。管理組合の機能停止も、修繕積立金の枯渇も、すべてがマイナス要因になる。


 しかし、同じ物件を「再開発の種地」として見れば、話は変わる。

駅徒歩8分という立地、42戸という合意形成可能な規模、周辺の再開発機運。

これらは「住宅」の文脈ではほとんど評価されないが、「開発用地」の文脈では極めて重要な価値を持つ。

田中氏がこの視点に気づいたのは、相続から3年が経過した頃だった。




  転機となった一通の郵便物


 ある日、田中氏のもとに「建替え推進準備組合設立のお知らせ」と題された郵便物が届いた。

差出人は、同じマンションの別の区分所有者だった。

文面には、マンション建替え円滑化法に基づく建替え推進の検討を開始すること、準備組合への参加を呼びかける内容が記されていた。


 田中氏は最初、この郵便物を詐欺か何かだと疑った。

機能停止した管理組合から突然、建替えの話が出てくることが信じられなかったのだ。


 しかし、準備組合の発起人に連絡を取ると、事態は田中氏の想像とは異なっていた。

発起人は、このマンションの区分所有者であると同時に、不動産開発会社の役員でもあった。

彼は投資目的で10年前にこのマンションの複数戸を取得し、再開発のタイミングを待っていたのである。




  建替え推進準備組合の正体──デベロッパーの戦略的買収


 建替え推進準備組合とは、マンション建替え円滑化法に基づく正式な建替組合設立に先立って、区分所有者が任意に組織する団体である。

法的な権限は限定的だが、建替えに向けた合意形成、デベロッパーとの交渉、権利変換計画の素案作成などを行う。

この準備組合の背後には、大手デベロッパーの影があった。

デベロッパーは、準備組合を通じて区分所有者の意向を取りまとめ、建替えの実現可能性を探っていた。

現役の不動産開発担当者の証言によれば、こうした手法は決して珍しくない。

「老朽化マンションの建替えは、デベロッパーにとって非常に魅力的なビジネスです。既存の区分所有者の同意を得られれば、土地の仕入れコストを大幅に抑えられる。更地を競争入札で取得するより、はるかに効率的です」


 ただし、この手法には大きなハードルがある。

区分所有法では、建替え決議に区分所有者の5分の4以上の賛成が必要とされる。

この合意形成が、建替えビジネスの最大の難所だ。




  「売りたい所有者」と「買いたい推進派」の利害一致


 準備組合の説明会に参加した田中氏は、そこで意外な提案を受けた。

「建替えに賛成いただけない場合、あるいは建替え後の権利変換を希望されない場合は、準備組合として区分所有権の買取りも検討しています」

この提案は、田中氏にとって渡りに船だった。

田中氏はもともとこのマンションに住む意思がなく、賃貸に出すにも大規模な修繕が必要で、かといって売却先も見つからない。

建替え後の新築マンションを取得する権利変換にも興味がなかった。


 一方、準備組合側にも買取りのメリットがあった。

建替え決議の成立には5分の4以上の賛成が必要だが、反対者がいれば決議が難航する。

事前に「売りたい」「出ていきたい」という所有者の区分所有権を取得しておけば、その分だけ賛成票を確保できる。

ここに「売りたい所有者」と「買いたい推進派」の利害が一致した。


図1|建替え推進準備組合を通じた売却の流れ(編集部作成)


  買取価格の算定根拠──「現状価値」ではなく「開発後価値」からの逆算


 準備組合から提示された買取価格は、田中氏の予想を大きく上回るものだった。

通常の中古市場では「値段がつかない」と言われたマンションに、1,200万円という価格が提示されたのである。

この価格はどのように算定されたのか。


 現役の不動産鑑定士の解説によれば、建替え前提の買取価格は、以下のような逆算で決まる。

まず、建替え後のマンションの想定販売価格を算出する。

次に、そこから建築費、販売経費、デベロッパーの利益を差し引く。

残った金額が、既存の区分所有者に配分される「権利変換価値」の原資となる。


 田中氏のケースでは、駅徒歩8分という立地の良さが効いた。

建替え後のマンションは、周辺相場から坪単価300万円程度での販売が見込まれていた。

この「開発後価値」からの逆算によって、「現状では売れない」はずの物件に価格がついたのである。




  売却交渉の実際──準備組合との駆け引き


 田中氏は、準備組合の最初の提示額をそのまま受け入れなかった。

交渉の余地があると判断したからだ。

この判断の根拠は、「アンカリング効果」への対抗だった。


 アンカリング効果とは、最初に提示された数字が、その後の判断に強い影響を与える心理現象である。

不動産交渉では、先に価格を提示した側が有利になりやすい。

田中氏は、準備組合側が最初に1,200万円を提示した意図を読んだ。

「この価格で合意してくれれば御の字、多少の上乗せは想定内」という腹積もりがあるはずだと。

田中氏が用意した交渉材料は二つあった。

一つは、建替え決議における自分の一票の価値。42戸のうち5分の4は約34戸。反対票が9票を超えれば決議は成立しない。


 もう一つは、売却を急いでいないという姿勢の演出だった。

「権利変換で新築を取得する選択肢も検討しています」と伝えることで、交渉の主導権を握ろうとした。

結果として、買取価格は1,400万円まで引き上げられた。

当初提示額から約17%の上乗せである。




  契約・決済の特殊性──通常の売買との違い


 準備組合への売却は、通常の中古マンション売買とは異なる点がいくつかあった。


 第一に、買主が任意団体である準備組合ではなく、準備組合の構成員である法人(デベロッパーの関連会社)となった点。

任意団体には法人格がないため、不動産の登記名義人にはなれない。


 第二に、仲介手数料が発生しなかった点。

準備組合が直接買主を紹介したため、仲介会社を介する必要がなかった。

ただし、田中氏は念のため、契約書のチェックを弁護士に依頼した。その費用は5万円程度だった。


 第三に、瑕疵担保責任(契約不適合責任)が免除された点。

建替え前提の取引であるため、建物の状態は問題にならない。契約書には「現状有姿」での引渡しが明記された。

契約から決済までは約2ヶ月。通常の売買とほぼ同じスケジュールだった。




  税務上の注意点──譲渡所得の計算と特例適用


 売却完了後、田中氏には譲渡所得税の申告義務が発生した。

相続で取得した不動産の場合、取得費の計算には注意が必要だ。

田中氏のケースでは、父親が購入した当時の売買契約書が見つからなかった。

この場合、取得費は売却価格の5%とみなされる「概算取得費」を使うことになる。

1,400万円の5%は70万円。譲渡費用を差し引いても、課税対象となる譲渡所得は1,300万円近くになってしまう。

田中氏は税理士に相談し、父親の購入時期を調べた。

登記簿謄本の所有権移転日から推定し、当時の固定資産税評価額や近隣の取引事例を参考に、合理的な取得費を算出する方法を採用した。


 結果として、取得費は400万円と認められ、譲渡所得は約950万円に圧縮された。

所有期間は相続した父親の取得時から通算されるため、5年超の長期譲渡所得に該当。税率は約20%となり、譲渡所得税は約190万円だった。




  この事例から学ぶべき三つの教訓


 田中氏の事例は、「売れない」と思われたマンションの売却に成功した数少ないケースである。

ここから導き出せる教訓を三つにまとめる。


 第一に、フレーミングを変えることの重要性だ。

「住宅」として売れないなら、「開発用地」として売る可能性を探る。買主のカテゴリーを変えれば、市場が変わる。


 第二に、「売れない理由」が「買いたい理由」になることがある。

管理組合の機能停止は、通常はマイナス要因だ。しかし建替え推進派にとっては、合意形成の障害が少ないことを意味する場合もある。


 第三に、老朽化マンションには「建替え」という出口がある。

国土交通省の統計によれば、旧耐震マンションは全国で約103万戸存在する。そのうち建替えが完了したのは約2.8万戸に過ぎない。


 しかし、マンション建替え円滑化法の改正により、要件緩和が進んでいる。今後、建替えの事例は増加が予想される。

あなたが所有する「売れない」マンションも、誰かにとっては「買いたい」物件かもしれない。




  建替え推進準備組合を探す方法


 では、自分のマンションに建替えの動きがあるかどうか、どうすれば分かるのか。

まず、管理組合の総会議事録を確認する。建替え検討委員会の設置や、建替えに関する議題があれば、何らかの動きがある証拠だ。


 次に、同じマンションの他の区分所有者に連絡を取る。登記簿謄本を取得すれば、他の所有者の氏名と住所が分かる。

また、地元の不動産会社に「このマンションの建替え話を聞いたことがないか」と尋ねる方法もある。建替え推進派がデベロッパーと接触していれば、地元の不動産業界には噂が流れているはずだ。

自分のマンションに建替えの動きがなければ、自ら働きかけることも選択肢だ。


 国土交通省の「マンション建替え相談窓口」や、各自治体の住宅政策部門に相談すれば、建替えの可能性や進め方についてアドバイスを受けられる。




  この選択肢を知っているか、知らないかで結果が変わる


 田中氏は、準備組合からの郵便物がなければ、今もマンションを持て余していただろう。

固定資産税を払い続け、管理費の滞納督促に悩まされ、「誰も買わない負動産」として相続人に押し付けることになっていたかもしれない。


 しかし、建替え推進準備組合という買い手が現れたことで、状況は一変した。

「売れない」という思い込みが、多くの選択肢を閉ざしている。

あなたのマンションにも、思いもよらない買い手がいるかもしれない。

それを見つけるために必要なのは、フレーミングを変える勇気と、情報を集める行動力だ。



編集部まとめ


旧耐震・管理組合機能停止・修繕積立金枯渇。この三重苦を抱えたマンションが、建替え推進準備組合への売却によって1,400万円で成約した。

この事例が示すのは、「売れない」という評価は、買い手のカテゴリーによって覆り得るという事実である。

住宅として売れなくても、開発用地として売れることがある。投資家が買わなくても、建替え推進派が買うことがある。

老朽化マンションの所有者は、通常の仲介ルートで断られても諦める必要はない。

建替えの可能性を探り、準備組合の動きを確認し、デベロッパーとの接点を模索する。

この視点を持っているかどうかが、「負動産」を「資産」に変える分岐点となる。


執筆:マンション売却ジャーナル編集部


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